Gecko love singing ♪

2008年03月16日

もやもやがとまらない

一時期ふつっとばーっとこうふっきれた爽快感に満ちあふれてましたが
結局戻ってくるんですね 安心しますがやっぱりいやです いやだいやだーもやもやエンドレスリピート

先輩が卒業しました
次はわしらが3年次です
受験生です じゅけんなにそれおいしいの…みたいなぐーるぐる
春休みノルマじゃないけど、古語をやろうとおもっていたんだ
でも受けるところのセンターの項目みてみたら「近代以降の文章を評価する」っておもいっきし現代文やん(つっこみ)
現代文は1年さわっていません 授業取っていなかったから
せっかく1年の終わりになって古典がすきになってきたというのに、なんだちくしょう!
なあんかいまいち燃えない ああ ううん 碇君モード
うちの学校の人は忙しい人がおおい 自ら忙しくしてる人もおおい 中には過労死しそうな人もざらである
でもってよく言われるのは「忙しい方が安心する」という仕事人間
最近の自分の行動を顧みてそうかもしれないとちょっとおもって絶望した(よく知らないが使ってみたいこのフレーズ)
今日ちょっと楽しい仕事をした 資料冊子を作る計画 どうしてあんな頭回転するんだろうなあ
能動的な喜びが勝つ瞬間=働いている瞬間
仕事が無くなると緊張感がなくなる、だらっとする、まんがまんが…ひたすら眠い自分なにやってんのオーイ と、なる もやもや無限ループ!
ここで仕事を無理にわさわさやろうものなら 死ぬ 精神的に死ぬ それはやらない
ここで当座据えた目的に向かって行動するところで強くなるのだ
と頭で思っていますがやりません わかるのとできるのは違う できるのが望ましい 自分の中でも望ましい 望むのとやるのは違う
自分が一番嫌いな感情は罪悪感じゃないかと思う 本当に死ねる 冗談抜きに死ねてしまう感情 ほんとは謝らなきゃだけどもう合わす顔ない…あああ…うわあ…(ぐるぐる)
教材を買って頂きながら使っていないこの感じとかも罪悪感 時間を無駄に過ごすこの感じも罪悪感 周りの皆は忙しい中頑張っているのにまんが読んで寝ているこの感じも罪悪感 げろんげろん
いつまで経っても「人は人じぶんはじぶん」思考はむずかしい 「自分のペースで」もむずかしい けっきょくは自分の思った通り自分のままにが一番ほんとにむずかしい 人を信頼するより自分を信頼する方がむずかしい 自分は自分が間違っていてもよくわからない 第3者目線と自分目線を上手い具合に折り重ねてコントロールしなきゃならん
ある友人は「自分をコントロール出来ないのは嫌だから」と言っていました 自分をコントロールって 自分は出来た覚えが無い やろうと思ったこともない
コントロールという言葉が、どういうわけか直感的に好きではない あやつるイメージかな なんか好きじゃない 日本語に置き換えると調節?ああうんでも うーん もやっとする言葉
何もしてないのにそのコントロールやら調節やらで頭と精神削るのがなんかいやだ これは碇君モードの一貫だろうか 多分向き合わないのは一番楽
よくやらなきゃいけないことやるべきことがあるときに、それ以外のことに夢中になるのが得意です うーん
でも、この間の大掃除に関して言えば、やりたいことをやった掃除だった気がする すきなようにやらなきゃいけないことをやった気がする
やりたいこととやらなきゃいけないことが合致するなんてそうそうない やらなきゃならやる精神が必要だ 忍耐だ 足りない物のひとつだ
努力と忍耐と、なんだろうなあ 思慮深さ?
物事は、ちょっと前より良い方向に向いた 健康カードに記入する項目が減った それは些細なことでもどこが悪いここが悪いと思っていたことをいやいやここに書くまでじゃないと思えるようになったことと、そもそもその要因自体がなくなったこと この2つは良い方向に向いた良い証拠
物事の白黒とかいいとか悪いとか そういうのがどうもきらい 正しいとか間違ってるとかもだめだ 母とそこではどうしても折り合いがつかない
その分自分にたいして「大丈夫、間違ってないんだから」なんて勇気づけることができない 常に真ん中を狙う習性が邪魔をしてぐらぐらしてしまう その辺に気づけたのもきっといい収穫
全然関係ない話だが、ここ最近食いすぎだ いらいらすると過食するタイプなのを自負しているので もしかしたらあるかもしれないと危惧している
冗談にできないくらい太ってきた 見た目はただそれだけで色々なものが変わってしまうのでとても怖い 
多分中もぼろぼろだ ぼろぼろっていうか へなへなだ 階段の上り下りではあはあする 最近学校の最寄り駅のホームから改札まではずるこいてエスカレーターで快適無敵(なつかしいあーや)地元でもエスカレーターに頼ることばかりで いかんなあと思いつつ 足は動かないやら何やら
去年の冬からの体調不良は、今からみるとやっぱり異常だった というかあんな辛さを感じてたのは何かどっか病気とかそういうのではなく なんかちょっとおかしかった あの道程がつらいのはなんかちょっとおかしい おかしかった おかしかったけどおかしいんですごめんなさいとひけらかすのは好ましくないからできないしで、あ、罪悪感 ここでもか これほどぐるぐるする感情はやっぱり無いよ
最近脳天ブチ抜くようなロックが聞きたいと思う しばらくはPLANEを聞いていた エルレも聞いたがだめだった 苦し紛れに嵐を聞いている 銀杏かな 何が聞きたいんだろう 多分いらいらしている 無意味にキーを叩くあたりもう既にいらいらしている
いらいらからくる過食かな いらいらって、俗にいうストレスってやつなのだろうか ストレスという言葉もコントロールと同じようなニュアンスで好きじゃない なんか好きじゃない このもやもやといらいらをそんな一言であっさり片付けられてたまっか という感じもあるかもしれない
そこでいくと鬱ということばも好きじゃない 病的な意味での鬱 憂鬱とか普通に鬱という単語はあるからみんなが普通に使うのは普通なのかもしれないけどあまりきもちのいいもんじゃない オワタくらい独立しちゃうとなんかもういい気がするけど 鬱はどうしても気持ちがわるい 病名にあるからかな なんだろうか
それから心療内科というものがよくわからなくなってきました この前精神科に行ったんですが、かくかくしかじかと色々お話させていただいて、「あなたに薬が必要とは思わない」ときっぱり言って下さって そらそうだ うんうん そんな風に思って思う所ばかりで うんうんと 納得して 悲しくなって
私の知る限り2人のひとが俗にいう心療内科というところで抗鬱剤を処方されました 私の知る限りひとりは「軽い鬱病ですね」という診断でお薬をだされました 精神科では「軽い鬱」なんて言われず「薬は要らない」と言ってもらえた 薬を貰わずに済んだ なんということだろう 薬 くすり 怖い
精神科の先生のお話をかいつまむと 今鬱病というと、気分の落ち込みからなにから言ったりするけど、精神科ではどうしようもない状況の人に薬を処方する。たとえば幻覚が見えているとか幻聴が聞こえているとか大暴れしてしまうとか、どう見てもおかしい状況。その場合は病気だから、治療をする。 こんな感じ、だったかな。あなたの場合はちゃんと自分のはなしも出来ているし、年齢柄気分の上下だってあることにはある、薬を使うのはデメリットもある、というところを話してくれて ああ、そうかあ 処方してもらわなくて大丈夫なんだと そんな風に思った
自分と同じ状況の人が ぱぱっと 抗鬱剤を処方されていた現状に混乱していたので なるほどなるほどと そう納得したんです
でもやっぱかなしい これって処方されなくてもいいかもしれない人に ぱぱっと 処方されている現実があるということだろう 悲しい こんな時代に誰がした(読んだことも無いのに使ってみたいこのフレーズ)
鬱ってことばは ほんとうにだめです ネックです いやです 涙出てきます 最近涙腺弱いなあ
人付き合いってむずかしい めんどうくさいとはいわないけど いや言っちゃうけど めんどうくさいという言葉とはちょっと違って むずかしいったら身も蓋もないんだけど もうちょっと違う言葉 上手くいえないけど
自分はええかっこしいだし妄想癖はんぱないし暴走しがちだし空気読めないし首突っ込むのはいやだしある日突然警戒心むき出しにするし ん、なに書いてんだ そうじゃなくて
上手く視点を飛ばしたいけど 上手い位置にはまってくんねえと そういうわけだ な
疲れるなあ 7割くらい本音を交えたトークを出来る人が身近にいたらと 切に思う 人ってすごいぜこのやろー
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posted by 日阪 at 02:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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